ルナアルの日記を読んで、いろいろ面白い発見をするのだが、彼は自分の少年時代を、「にんじん」で過したゞけあつて、大人になつてからも、常に周囲を「にんじん」の眼で眺め暮した世にも不幸な人間なのである。一度は友達になるが、その友達は、大概いつかは彼のひねくれ根性に辟易し、彼の方でも、その友達のどこかに愛想をつかして、どちらからともなく離れて行つてしまふ。
作家として、痛ましいほどの良心をもち、真実を追求する態度の厳粛さは、凡そ悪魔に憑かれてゐるとでも云ひたいくらゐだのに、人を愛し、人
一
若の字、又
○
選定の結果、數萬といふ資料の歌がただ百首になるのであるから、實に澤山の推薦歌が選に漏れたことになり、殘念至極であるけれども、これは大方君子の海容をねがはねばならない。
選についての感想を問はれたが、自分としては特に申すことはない。ただその一、二を強ひて申すなら、萬葉集で、遣唐使隨行員の一人の母の作、『旅びとのやどりせむ野に霜ふらば吾が子はぐくめ天の鶴むら』の選ばれたのは
アイヌ語もろくにわからぬ連中がマスコミの波に乗ってアイヌ研究を随筆化し、そのでたらめさにたえかねて私などがたまに真実をあばくと、やれ偏狭だの思い上がっているのだと袋だたきの目にあうのが現状だ。
学問の世界ですら正直者はバカをみるのが現状であってみれば、名誉ある孤立を守って地味な仕事をこつこつと続けてゆくのがささやかながら僕の愛国心の発露だと思っている。
『毎日新聞』昭和35年11月18日朝刊〉
[知里 真志保]
知里 真志保(ち
今日は愛國歌について一言を徴せられたが、大東亞戰爭の勃發して以來、國民が奮つて愛國歌を讀み、朗誦し、萬葉集に載つた、『海ゆかば水漬く屍山ゆかば草むす屍
くるしさは、忍従の夜。あきらめの朝。この世とは、あきらめの努めか。わびしさの堪えか。わかさ、かくて、日に虫食われゆき、仕合せも、
わが歌、声を失い、しばらく東京で無為徒食して、そのうちに、何か、歌でなく、
玄関の
「愛怨峡」では、物語の筋のありふれた運びかたについては云わず、そのありきたりの筋を、溝口健二がどんな風に肉づけし、描いて行ったかを観るべきなのだろう。
私は面白くこの映画を見た。溝口という監督の熱心さ、心くばり、感覚の方向というものがこの作品には充実して盛られている。信州地方の風景的生活的特色、東京の裏町の生活気分を、対比してそれぞれを特徴において描こうとしているところ、又、主人公おふみの生きる姿の推移をその雰囲気で掴み、そこから描き出して行こうとしているところ、なかなか努力であ
まだ戦争中の話である。
三月十日の未明、
藍色の蟇
森の宝庫の
藍色の蟇は黄色い息をはいて
陰湿の暗い暖炉のなかにひとつの絵模様をかく。
太陽の隠し子のやうにひよわの少年は
美しい葡萄のやうな眼をもつて、
行くよ、行くよ、いさましげに、
空想の
愛ということばは、いつから人間の社会に発生したものでしょう。愛という言葉をもつようになった時期に、人類はともかく一つの飛躍をとげたと思います。なぜなら、人間のほかの生きものは、愛の感覚によって行動しても、愛という言葉の表象によってまとめられた愛の観念はもっていませんから。
更に、その愛という言葉が、人間同士の思いちがいや、だましあいの媒介物となったのは、いつの頃からでしょう。そして、愛という字が近代の偽善と自己欺瞞のシムボルのようになったのはいつの時代からでしょうか。三文文士が
雪
とうとう二十年来の肩の重荷をおろしましてほっといたしました。ふりかえってみますと、私が十五歳の折り、内国勧業博覧会に「四季美人図」を初めて出品いたしまして、一等褒状を受け、しかもそれが当時御来朝中であらせられた英国皇太子コンノート殿下の御買上げを得た時のことを思い合わせまして、今度皇太后陛下にお納め申し上げました三幅対「雪月花図」とは、今日までの私の長い画家生活中に、対照的な
ネオンの中に明滅する追憶
私は、「アーニイ・パイル」の横文字が、淡い、うす緑の五線紙型ネオンサインの色彩の中に明滅するのを、ジッと見詰めていた。眼がしらが熱くうるおいそめて、にじみ出して湧いてこぼれて来る涙を拭く気にもなれない。誰れも見て居らない、泣けるだけ泣いてやれ、という心持ちであったかもしれない。私は、頬のあたりまで持っていったハンカチを再び下げて、唇を押えたまま、暫らくジッと佇んで居ったのである。
『何という綺麗な、立派になっ
戦争に負けてから、もう十年になる。戦前と戦後を比較してみると、世相色々と変化の跡があるが、食いものについて考えてみても、随分変った。
ちょいと気がつかないようなことで、よく見ると変っているのが、色々ある。
先ず、戦後はじめて、東京に出来た店に、ギョーザ屋がある。
以下、話は、東京中心であるから、そのつもりで、きいていただきたい。
ギョーザ屋とは、餃子(正しくは、鍋貼餃子)を食わせる店。むろん、これも支那料理(敗戦後、中華料理と言わな
よっぽど古いお話なんで
一
本職の詩人ともなれば、いつどんな注文があるか、わからないから、常に詩材の準備をして置くのである。
「秋について」という注文が来れば、よし来た、と「ア」の部の引き出しを開いて、愛、青、赤、アキ、いろいろのノオトがあって、そのうちの、あきの部のノオトを選び出し、落ちついてそのノオトを調べるのである。
トンボ。スキトオル。と書いてある。
秋になると、
本職の詩人ともなれば、いつどんな注文があるか、わからないから、常に詩材の準備をして置くのである。
「秋について」という注文が来れば、よし来た、と「ア」の部の引き出しを開いて、愛、青、赤、アキ、いろいろのノオトがあって、そのうちの、あきの部のノオトを選び出し、落ちついてそのノオトを調べるのである。
トンボ。スキトオル。と書いてある。
秋になると、
居留地女の間では その晩、私は隣室のアレキサンダー君に案内されて、始めて横浜へ遊びに出かけた。 アレキサンダー君は、そんな遊び場所に就いてなら、日本人の私なんぞよりも、遙かに詳かに心得ていた。 アレキサンダー君は、その自ら名告るところに依れば、旧露国帝室付舞踏師で、革命後上海から日本へ渡って来たのだが、踊を以て生業とすることが出来なくなって、今では銀座裏の、西洋料理店某でセロを弾いていると云う、つまり街頭で、よく見かける羅紗売りより僅かばかり上等な類のコーカサス人である。
Lol
名台詞を言ってみた
よろしくイケボでごめん
?
似てない
似てないです
対して似てない
対して似てない
対して似てない
五条悟の挙式紫のシーンの声です
